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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)9866号 判決

原告 国際商事株式会社

右代表者代表取締役 坂井康秀

右訴訟代理人弁護士 定塚道雄

定塚修

定塚英一

被告 大前功

被告 有限会社大前寿司

右代表者代表取締役 大前功

右両名訴訟代理人弁護士 柴田五郎

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  原告の予備的請求につき

1  原告と被告大前功との間の別紙物件目録記載の建物に関する賃貸借契約において

(一)  賃貸借期間 昭和五四年七月一日から五年間

(二)  賃貸料 昭和五四年七月一日から五五年六月三〇日まで月額一三万九六七〇円であり、以後毎年七月一日付をもってその時点における賃料の八パーセント増に相当する額に自動的に値上げされた金額

(三)  管理費 一か月当り賃料月額の二パーセントであることを確認する。

2  右管理費中その余の請求及び保証金に関する請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告、その余を被告らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(主位的請求)

(一) 被告らは原告に対し別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を引渡せ。

(二) 被告らは各自原告に対し昭和五四年七月一日から右明渡し済みに至るまで一日につき九、四八四円を支払え。

(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(四) 仮執行の宣言

(予備的請求)

原告と被告大前功との間の本件建物に関する賃貸借契約において

(一) 賃貸借期間 昭和五四年七月一日から五年間

(二) 賃貸料 昭和五四年七月一日から五五年六月三〇日まで月額一三万九六七〇円

昭和五五年七月一日から五六年六月三〇日まで月額一五万八五〇円

昭和五六年七月一日から五七年六月三〇日まで月額一六万二九二〇円

昭和五七年七月一日から五八年六月三〇日まで月額一七万五九六〇円

昭和五八年七月一日から五九年六月三〇日まで月額一九万四〇円

(三) 管理費 一か月当り月額賃料の一〇パーセント

(四) 保証金 被告大前功は原告に対し保証金の追加として一五六万円を支払うこと

(五) その他 従前の賃貸借と同一の条件

との定めであることの確認を求める。

2  被告ら

(一)  原告の主位的請求及び予備的請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告の請求原因

(主たる請求の原因)

1  原告は、被告大前功との間に昭和四八年六月一三日本件建物につき次の内容の賃貸借契約をした。

(一) 期間 六年

(二) 賃料 当初の一年間月額八万八〇〇〇円、昭和四九年七月一日から五〇年六月末日まで月額九万五〇四〇円、爾後の賃料は昭和五〇年七月一日から毎年七月一日付をもって特段の意思表示を要せず、その時点における賃料の八パーセント増に相当する金額に自動的に値上げする。

(三) 管理費(共用部分の地下受水槽、連絡給排水管、電気室、共用通路の維持補修費)は月額賃料の一〇パーセント

2  更新拒絶の正当事由

原告は親会社である株式会社坂井屋の不動産管理部門を担当する会社であるが、坂井屋は菓子製造販売及び飲食店営業を目的とし、その営業基盤の確立、発展のためには都内各地に店舗の開設を要するところ、経費節減や管理の確定性等の点から是非とも関連会社所有の不動産を有効利用する必要に迫られている。本件建物は国電高円寺駅から約一〇〇メートルの地点に位置し、絶好の場所にある。

のみならず、被告功は昭和四五年五月被告有限会社大前寿司を設立し、原告に無断で右会社の従業員を本件建物に居住させるなど目的物の使用者制限条項に違背し、昭和四八年六月無断で本件建物の内部改造工事を施したため、原告も止むなくこれを認めて賃貸借契約の条件を一部変更する新契約を締結したが、この際にも被告功は原告に対し右会社設立等の事実を秘匿した。更に、被告功は前記新契約に定められた賃料の毎年自動値上及び期間満了に伴う契約更新時に納入すべき保証金の追加支払につき、借家法違反を理由としてその無効を主張するに至り、原告との信頼関係は著しく破壊された。

かくて、原告には親会社が本件建物を使用する必要に迫られ、併せて借主である被告功の前記背信行為により信頼関係が著しく破壊されるに至ったのであるから、原告には更新拒絶の正当事由が存するものというべきである。

3  そこで、原告は被告功に対し昭和五三年一二月一一日付で前記賃貸借期間満了後は本件建物を自己使用する必要がある旨の理由を明らかにし、更新拒絶の通知をし、更に、昭和五四年六月二八日付でも同月末日をもって賃貸借期間が終了する旨の通知をした。

4  しかるに、被告功及び同人の主宰する被告有限会社大前寿司は、昭和五四年六月三〇日以降も本件建物を使用占有しているので、原告は被告らに対し本件建物の明渡しを求めるとともに、本件契約上、右期間満了以降明渡済に至るまで賃料及び管理費の倍額を日割計算で毎日支払うこととなっているので、併せて賃貸借満了時の賃料及び管理費の合計月額一四万二二六〇円の一日分九、四八四円の支払を求める。

(予備的請求の原因)

1  仮りに原告主張の更新拒絶が認められないとすれば、原告と被告功との昭和四八年六月一三日付賃貸借契約書(以下「前契約」という。)一七条に「更新後の期間は五年とし、賃借人は賃貸人に対し期間満了時における賃料一二か月分相当額(一万円以下はこれを繰り上げる)を保証金の追加として期間満了七か月前までに支払うものとする。」の約定があり、右更新後の賃貸借の期間は昭和五四年七月一日から五年であり、また、期間満了時の賃料月額一二万九三二〇円の一二か月分(一万円以下は繰り上げ)相当の一五六万円を保証金追加分として被告功は原告に支払うべきである。

2  前契約二条において、賃料につき「昭和四八年七月一日から昭和四九年六月末日まで一か月八万八〇〇〇円、昭和四九年七月一日から昭和五〇年六月末日まで一か月九万五〇四〇円、爾後の賃料は昭和五〇年七月一日から毎年七月一日付をもって特段の意思表示をせず、その時点における賃料の八パーセント増に相当する額に自動的に値上げとなる。」旨を定めており、これに基づき算出すると次のとおりとなる。

(一) 昭和五〇年七月一日から五一年六月三〇日まで 月額一〇万二六五〇円

(二) 昭和五一年七月一日から五二年六月三〇日まで 月額一一万〇八七〇円

(三) 昭和五二年七月一日から五三年六月三〇日まで 月額一一万九七四〇円

(四) 昭和五三年七月一日から五四年六月三〇日まで 月額一二万九三二〇円

(五) 昭和五四年七月一日から五五年六月三〇日まで 月額一三万九六七〇円

(六) 昭和五五年七月一日から五六年六月三〇日まで 月額一五万〇八五〇円

(七) 昭和五六年七月一日から五七年六月三〇日まで 月額一六万二九二〇円

(八) 昭和五七年七月一日から五八年六月三〇日まで 月額一七万五九六〇円

(九) 昭和五八年七月一日から五九年六月三〇日まで 月額一九万〇〇四〇円

3  前契約二条により管理費は月額賃料の一〇パーセントと定めているから、法定更新後の賃貸借においても管理費は月額賃料の一〇パーセントとすべきである。

三  被告らの答弁と主張

(答弁)

1  主たる請求原因1項は認める、ただし、当初の契約の始期は、昭和四四年四月二五日、期間は一〇年であった。同2項中原告の自己使用の必要性を争い、その余は不知。同3項のうち原告主張の日時に主張の通知が到達したことは認め、その余は争う。同4項中、被告会社が被告功の主宰する会社であって、被告らが本件建物を昭和五四年六月三〇日以降も占有していることは認める。

2  予備的請求原因のうち、前契約書において、その一七条、二条に原告主張の記載があることは認め、その余は争う。

(被告らの主張)

1  当初の賃貸借契約は、昭和四四年五月であって、賃料月額七万五〇〇〇円、毎年自動的に五パーセント値上げ、管理費は賃料月額の五パーセントと定められ、予め賃貸人の承諾を得た者以外は親族、家族、留守居等なんらの名義をもってするも一切居住・占有させないという厳しい居住者制限条項がもうけられ、敷金二四〇万円(賃料の三二か月分)、明渡三か月後返還、保証金二四〇万円、明渡後三か月を経て二分の一控除して返還するというものであった。

2  被告功は、約五〇〇万円を投じて本件建物の内装工事を施し、一階店舗で寿司屋を開業し、二階住居部分に従業員と居住した。被告功は昭和四五年五月有限会社大前寿司を設立したが、社員は三名で被告功が代表取締役なとり、他は同被告の父大前金次郎、兄大前一であり、資本金一〇〇万円も殆んど右被告が出捐したものであって、本件建物の使用、占有の実体は、右会社設立の前後を通じてなんらの変更も認められない。

3  被告らが昭和四八年六月店内改装の許可を求めたところ、原告から右許可の条件として、賃料の値上率を毎年五パーセントから八パーセントへ、また管理費を賃料月額の五パーセントから一〇パーセントへ改訂することの承諾を求められ、被告功はやむなくこれに応じた。

4  かくて、同年六月一三日付公正証書により新たに約定された賃貸借では、賃料の自動値上率を毎年八パーセントとし、管理費を賃料月額の一〇パーセントと定めたほか、当初二四〇万円の納入を認めていた敷金につき一九〇万円しか預っていないと主張するに至り、その返還条件を明渡の三か月後から六か月後とし、保証金の返還も明渡の三か月後から六か月後へと、それぞれ改悪した。

5  原告は、昭和五〇年賃料の自動値上率を毎年八パーセントから一〇パーセントに改訂することを申し入れてきたが、被告功が反対すると、原告は右被告の被告会社への無断転貸又は従業員住込みによる居住者制限の特約違反を理由に賃貸借は当然解除されたとして、損害金債権等につき強制執行に着手した。

しかしながら、被告功の提起した請求異議訴訟(昭和五〇年(ワ)第六六六六号)において、右強制執行不許、賃借権の確認、敷金返還請求権が一九〇万円のほか五〇万円についても存在する旨の確認がなされ、原告主張の無断転貸については背信性を否定、居住者制限違反は公序良俗に反して無効であると判断されるに至った。

6  被告功は、その後も毎年八パーセントの賃料値上に応じたが、昭和五四年六月賃貸借の期間が満了するのを機に昭和四八年原告により一方的に改悪された契約条件を旧に復すべく、昭和五三年一一月三〇日到達の内容証明郵便をもって原告に対し、賃料の毎年八パーセント自動値上げ条項及び更新時賃料一二か月分相当の追加保証金支払条項は借家法に違背し無効であること、仮りにそうでないとしても、経済事情の変動により賃料については現行と同額までに、追加保証金についてはその全額につき減額請求をすること、また、管理費につき、公道から直接受水可能となり、管理事項が減少したこと等により月額賃料の一〇パーセントを二パーセントに減額する旨の意思表示をした。

7  被告功は、前記観点に立ち、昭和五四年六月二〇日に同年七月分賃料として前月同様一二万九三二〇円、管理費としてその二パーセントに当る二、五九〇円計一三万一九一〇円を提供したところ、原告に受領を拒否されたため、以後右金額を供託し、今日に及んでいる。

8  本件契約における賃料の自動値上条項は、借家法七条の規定を無意味にするものであり、無効というべきである。

仮りにこれが有効であるとしても、それは約定賃貸借期間の満了により失効するものと解すべきであり、昭和四八年の改訂により前契約の期間は、昭和五四年六月一三日をもって満了したから、右自動値上の条項もこれとともに失効した。

仮りにそうでないとしても、少なくとも借家法七条の規定を前提とする限り、本件賃貸借における賃料自動値上条項は、賃借人の一方的意思表示によりいつでも解除しうるという限度においてのみその効力を認めうるにすぎない。けだし、さもないと、賃借人は賃料増額請求権発生の要件の存否にかかわりなく無条件値上にいつまでも拘束されることとなり、まさに借家法の精神に反し、同法七条の趣旨を没却するからである。

そして、被告功は前記内容証明による自動値上否定の意思表示をしたから、少なくとも昭和五四年七月分以降において右賃料自動値上条項は解除された。

9  昭和四八年六月改訂により設けられた保証金追加条項は、原告の一方的意思によるものであって、当事者双方の意思の合致を欠き無効である。

仮りにそうでないとしても、本件保証金は二分の一を返還しないのであるから、その実質において更新料に当るものとみるほかなく、かかる賃料月額の六か月分にも相当する更新料支払の約定は、賃借人に不利益に過ぎ無効である。

10  管理費(地下受水槽、屋上受水槽、連絡給排水の水道管、電気室、共用通路の維持補修費等)は当初賃料月額の五パーセントであったところ、昭和四八年六月の改訂により同一〇パーセントとされたが、昭和五〇年ごろ水道が公道より直接受水可能となり、昭和五四年一月一日以降の管理事項としては、電気室の維持補修のみであるから、それは賃料月額の二パーセントもあれば十分である。

被告功は原告に対する昭和五三年一一月三〇日到達の内容証明郵便をもって管理費を賃料月額の二パーセントにされたい旨の意思表示をしたが、これは、一面において管理委任契約の一部解除であり、そうでなくてもその減額請求である。

四  被告ら主張に対する原告の答弁

1  被告らの主張1項は敷金の点を除き認める。右敷金は一九〇万円である。同2項のうち、被告らが本件建物の内装工事を施し、寿司店を開業した点は認め、その余は不知。もっとも、被告ら主張のとおりであれば、重大な契約違反である。

2  被告らの主張3、4項の内容の新契約(甲第一号証)が昭和四八年六月一三日付で成立したことは認める。これは被告らの内装工事申入れに便乗したものではなく、被告功が選択した賃料逓増方式の場合、当初賃料は近隣に比し大巾な低額に定められていたものであり、その後の経済状勢や社会状勢の変化に応じ、入居者全員について改訂した。右契約内容については被告功に十分説明し同人の完全な承諾のもとに作成締結されている。

3  被告らの主張5項を認め、同6項のうち被告ら主張の内容証明郵便がそのころ送達されたこと、同7項のうち被告功が昭和五四年七月分以降の賃料及び管理費としてその主張の金額を提供したが、原告としては賃貸借が存続していないのでその受領を拒絶したこと、そこで同被告が勝手にその主張する金額を供託していることは認め、その余は不知。

4  被告ら主張の8ないし10項はすべて争う。

五  証拠《省略》

理由

一  主位的請求について

1  原告がその所有にかかる本件建物につき被告功との間で昭和四八年六月一三日付賃貸借契約公正証書により原告主張の主たる請求原因1項のとおりの賃貸借契約を締結したことについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、他に同認定に反する証拠はない。

(一)  被告功は、昭和四四年四月二五日原告より本件建物を、期間一〇年、賃料は昭和四四年五月一日から四五年四月末日まで月額七万五〇〇〇円、同年五月一日から四六年四月末日まで月額七万八七五〇円、同年五月一日から毎年五月一日をもって現行賃料月額の五パーセント相当額を自動的に値上げするものとし、管理費(地下受水槽、屋上受水槽、電気室の維持補修費及び町内会費)は月額家賃の五パーセントとする約定で賃借し、寿司店を経営した。

(二)  被告功は、昭和四五年五月被告有限会社大前寿司を設立し、本件建物一階店舗部分において寿司営業を始めたが、同会社の資本金は一〇〇万円であり、そのうち被告功の出資分八〇万円、父大前金次郎及び兄大前一の出資分各一〇万円、被告功が代表取締役となり、実質的にも同人が右会社を主宰し、その営業形態も会社設立の前後を通じてほとんど変らなかった。ただ、昭和四五年暮ごろから功自身は本件建物から転居し、二階の住居部分には従業員を一ないし二名居住させた。

(三)  原告はその親会社である株式会社坂井屋の不動産管理部門を担当する会社であるが、坂井屋は、東京都内に二〇店舗を有し、菓子舗では一般にその名を知られ、他にレストラン等を経営している。

(四)  坂井屋では、その営業方針として店舗を国鉄駅前など繁華街に求め、現在菓子店舗一四店中七店が他からの賃借建物を利用しているが、いわゆる石油ショック以後の不況の浸透など昨今の経済情勢のもとで、坂井屋としては、経費削減、経営基盤の確立を図り、将来レストラン等外食産業に勢力を拡充する意向を有し、優先的に自己所有不動産の活用を考慮しているところ、本件建物を含む宝山ビルは、国電高円寺駅から一二〇ないし一三〇メートルの地点に在り、四階建で一階に一四店舗があり、二階がその店舗つき住宅、三、四階が住宅一三室となっており、被告らの店舗は一階入口に面し、顧客の出入に便利な場所に位置しているが、現在一階の四店舗が前住者の退去後入居者なく空室のままであり、更に同ビルの道路を隔てた向い側に借地であるが店舗を有している。そして、坂井屋は本件建物においてレストラン用食料品の製造工場を企画中である。

(五)  原告は被告功による前記(二)の事実が昭和四八年六月一三日付賃貸借契約書(昭和四八年第一二五六号公正証書)に定める居住者制限条項ないし無断転貸禁止条項に違背するものであるとの理由で賃貸借契約解除の意思表示をしたうえ、その違約損害金債権に基づき右公正証書の執行力ある正本を債務名義として昭和五〇年七月三〇日被告功に対し強制執行に着手したけれども、同被告より異議訴訟が提起され、当庁において、右居住者制限条項は公序良俗に反して無効であり、また、被告会社設立による無断転貸の点も賃貸人との信頼関係を破るような背信的行為に当らないとしてこれを理由とする原告の解除を無効とし、被告功の前記異議を認容する判決がなされた。

(六)  被告功は、昭和五三年一一月二九日付内容証明郵便をもって原告に対し昭和四八年六月一三日付賃貸借契約書中、毎年従前賃料月額の八パーセント相当額を自動的に値上げする旨の部分(二条)及び期間満了時点における賃料一二か月分相当の追加保証金の支払を約する部分(一七条)は、いずれも借家法一条の二、六条、七条に違反して無効であること、仮りに右各条項が有効であるとしても、経済事情の変動により不相当となったので、賃料については昭和五四年六月末日現在と同額まで、追加保証金については全額の各減額請求をすること、更に、管理費を月額賃料の一〇パーセントとする旨の部分(二条)は、水道が公道から直接受水することになる等管理事項がほとんど皆無になったので右部分は無効となったものであり、仮りにそうでなくても、管理事項の変更を理由として、昭和五四年一月一日以降月額賃料の二パーセントまで減額請求すること、の意思表示をした。

2  原告と被告功との本件建物に関する賃貸借契約は、昭和五四年六月一三日をもって期間満了のところ、原告がその主張の日時更新拒絶の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

3  そこで、右更新拒絶につき借家法一条の二にいう正当事由の有無につき案ずるに、まず、原告は親会社である坂井屋が営業上本件建物を必要としている旨の主張をするけれども、前記認定事実に照らすと、坂井屋は一般に名を知られた菓子舗であって都内に二〇店を有し、そのうち、菓子店一四店舗中七店舗が借用建物であること、坂井屋としては、昨今の経済状勢下において将来レストラン等外食部門の拡充を図り、経費節減のためにも自己所有不動産の活用を考慮していること、しかし、本件建物のある宝山ビルにおいては、現在四店舗が空室のままであり、これを坂井屋が利用するにつき支障はなく、更に同ビルと道路を隔てた向い側にも店舗(借地)を有していること、もっとも、本件建物は、ビルの入口に面し、店舗としては営業上有利とみられるけれども、坂井屋は本件建物をレストラン用食料品の工場として使用することを企画していること、他方、被告らにとり本件建物が唯一の店舗であり、寿司店を開業して以来一〇年余を経過し、その間かなりの資金を投入してきたこと、以上の事実が認められ、ここに原告ないし坂井屋と被告らの賃貸借当事者双方の事情を対比し、その営業規模、資力等の差異に着目するとき、現時点で本件建物を明渡すことにより被告らの被るであろう打撃の程度は、原告ないし坂井屋が本件建物を利用できない場合における不利益とは到底同日の比ではないものというべきである。

4  原告は、更に、被告功による居住者制限条項及び無断転貸禁止条項違背など賃貸人である原告との信頼関係を破壊するに足りる背信的行為があるため、これが右正当事由の一事情として考慮されるべきを主張するけれども、前記居住者制限条項違背の点は、被告功の従業員による居住であり、また、無断転貸については、同被告が実質的に主宰する被告会社設立に伴う結果によるものであって、いずれも賃貸人との信頼関係を破壊するに足りるような背信性を帯びるものとはいい難い。なお、原告主張にかかる被告功の賃料、追加保証金及び管理費の減額請求の点も、右残額請求自体借家法七条の認めた当事者の権利であって、当事者間に協議の調わない以上、その当否については裁判所において判断され、賃借人が右権利を行使したからといって、これを賃貸人に対する背信性の徴表としてみるのは相当でない。

5  以上のところから、原告の本件更新拒絶は、その正当事由を欠き、無効であるといわざるをえない。従って、その有効であることを前提とする原告の主位的請求は、失当として棄却すべきである。

二  予備的請求について

1  原告と被告功との間で結ばれた昭和四八年六月一三日付賃貸借契約書において、原告主張のとおり更新後の期間は五年とし、毎年従前賃料月額の八パーセント相当額を自動的に値上げすること、契約更新時に一二か月分相当の追加保証金を支払うこと、管理費は月額賃料の一〇パーセントとすること、を定めた条項の存する点については、当事者間に争いがない。

2  まず、右賃料の自動的値上げについてその有効性につき検討する。

借家法七条によれば、一定期間賃料増額をしない旨の特約のない限り、賃料が租税その他の負担の増減、土地・建物の価格の昂低により、又は比隣の建物の賃料に比較して不相当となったときは、将来に向い賃料の増減を請求することをうる旨を規定しているから、賃料増額の請求が認められるためには、賃料が土地もしくは建物に対する租税その他の負担増により、土地又は建物の価格の昂騰により、あるいは比隣の土地建物の賃料に比較して不相当となるに至ったことを要件とするものであり、本件賃貸借における前記約定のように、毎年従前賃料月額八パーセントを自動的に値上げするというのは、右法定要件を無視するものであって原則的には無効であると解すべきである。しかしながら、右はあくまで事情変更の一適用であるから、増額が毎年であり、比率が従前賃料の八パーセントであるとか、自動的な値上げであるというがごとき機械的な観察によるのではなく、客観的、実質的にみて賃料が公租公課、不動産価格の昂騰や近隣の賃料に比し不相当とみられるに至ったかどうかという要件充足の有無によりその有効性を判断すべきところ、最近の公租公課や物価の上昇率並びに近隣の同種賃料に比すれば、毎年八パーセントの自動的値上げであっても、前記法定要件を充足しないものとはいい難い。そして、本件賃貸借において、これは期間更新後の賃貸借においても適用をみるというのが当事者の意思であると解すべきであるから、更新後は適用されないとする被告らの主張は、理由がなく、また、被告功によるその主張の減額請求も不相当である。

従って、昭和五四年七月一日以降の五年間における賃料は、毎年七月一日付をもってその時点における賃料の八パーセント増に相当する額に自動的に値上げされた金額となるべきであり、その具体的計算が請求の趣旨記載(予備的請求の趣旨(二))の金額であって、その旨の確認を求める原告の右請求部分は、理由がある(なお、将来の分についても、被告らにおいて争っていることが明らかであるから、確認の利益を肯定することができる)。

3  次に、更新後の契約期間については、本来借家法の規定による法定更新後は期間の定めのないものとなるべきところ、本件では前記のとおり更新後の期間を五年と定めたことにつき当事者間に争いがないのでこれによるべく、予備的請求はこの点で理由がある。

4  そして、契約更新時の追加保証金支払の約定についてみるに、前記契約書(甲第一号証)第一七条は「契約期間満了の場合は相互に契約条件につき期間満了七か月前に協議相整ったとき更新する。」「乙(賃借人・被告功)は甲(賃貸人・原告)に対し期間満了の時点における賃料一二か月分相当額の金額(一万円以下はこれを繰上げる)を保証金の追加として期間満了七か月前までに支払うものとする。」旨を定め、《証拠省略》によれば、これは当事者双方の合意により約定されたものと認めることができる(《証拠判断省略》)。

しかしながら、右追加保証金の支払は、合意による更新の場合を予定して約定されたものであって、期間満了にあたり賃貸人である原告から賃借人である被告功に対し更新拒絶の意思表示がなされ、それが訴訟にまで発展し、更新拒絶の正当事由をめぐり当事者双方において相争う事態となり、結局、正当事由を欠くものとして法定更新された場合にまで類推適用されるものとは解し難いので、原告の予備的請求中この部分に関するものは、その余の点についてふれるまでもなく理由のないことが明らかである。

5  次に、前記契約書中管理費について検討するに、その内容は、地下受水槽、屋上受水槽、電気室、共用通路の維持補修費をさすところ、昭和四八年六月一三日付契約の際、従前契約において月額賃料の五パーセントとされていたものが、一〇パーセントに増額されたものである。これは、諸物価の昂騰によるものであったが、《証拠省略》によると、昭和五〇年ごろ水道が公道より直接受水可能となり、少なくとも昭和五四年以降においてはモーターによる地下水の揚水等が不要となり、専任の管理人も置かなくなったこと、被告功は昭和五三年一一月二九日付内容証明郵便をもって、昭和五四年一月一日以降の管理費を月額賃料の二パーセントとするよう減額請求をしたことが認められ、他に右管理費が月額賃料の二パーセント以上でなければ不当であることを肯認すべき証拠もない。

そうすると、管理費は、もともと実費的性質のものではあるが、賃料の場合に準じ被告功の右減額請求により少なくとも昭和五四年一月から賃料月額の二パーセントに減額されたことになり、本件予備的請求のこの部分は右限度で理由があるにすぎない。

三  叙上の次第で、原告の主位的請求をいずれも棄却し、予備的請求については、本件賃貸借契約中、期間、賃料、管理費につき、上記限度で請求は理由があるものとして認容し、追加保証金及び管理費中その余の部分につき、請求は失当として棄却すべく(なお、右賃貸借中その他の契約条件については、従前どおりであることにつき被告らもこれを争わないものと認められるので、あえて判断を加える必要をみない。)、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧山市治)

〈以下省略〉

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